※この話は「これを恋だと呼ぶのなら」の続きになってます。
ぬるーく絡んでますので吉瑞ダメなひとはやめた方がいいです(…)





絡みつくような視線を感じて、まただと思った。こういう時はなるべく目を合わせないようにするのだが、結局最後はいつも根負けしてしまう。今日とて例外ではなく吉貞伸弘は仕方なく手元の雑誌に落としていた視線を上げると、呆れた風に苦笑を漏らした。

「…何て顔しとるんです」

ベッドに寝転んだままぼんやりと視線だけを伸弘に注いでいた瑞垣俊二はそんな伸弘の問いかけに「別に」とだけつぶやいてすぐに顔をそらしてしまった。何故かふてくされたような表情を浮かべている俊二はどこか機嫌が悪いらしく、苛立ったように小さく舌を鳴らした。ああ、いつものパターンだ。伸弘は開いていた雑誌のページを閉じると、俊二の背けられた顔を覗き込むように見る。

「何で拗ねてるんすか」
「別に」

ついさっきまでしつこいほど自分に視線を注いでいたくせに、今度は頑なにこちらを見ようともしない。相変わらず天邪鬼な人だなぁなんて思いながらそんな俊二の背けられた横顔にそっと口付けてみる。すると俊二は嫌そうに顔を歪めて伸弘を睨みつけてきた。

「やめろや」
「やめてほしいんですか?」
「当たり前やろ」
「…好きなくせに」

キスが、と続けて伸弘はようやくこちらに向けられたその唇に軽く口付けた。最初は伸弘の口付けから逃れようと軽く身を捩っている俊二だったが、しばらくそうしているうちに徐々にそれもなくなり、全身から力が抜けていくのが分かる。舌で軽く唇の間を突いてやると俊二はすんなり伸弘の舌を迎え入れ自らのそれも差し出してきた。それが合図となり、俊二は伸弘の首に腕を回す。いつものパターンだ。

薄手のシャツを胸までめくると俊二の白い肌が露わになった。一年と少し前に野球からすっかり足を洗った俊二の肌は、今も新田東の一レギュラーとして日々練習に明け暮れる伸弘のこんがり焼けた肌と比べると透き通るような白色をしていた。その鮮やかな白がいつも伸弘の性欲を掻き立てる。真っ白なキャンバスに絵の具を塗りたくるように、めちゃくちゃに汚してしまいたくなる。

「っは…」

深くなる口付けに息を荒げる俊二の鼓動を追い立てたくて、伸弘は直にその白い胸に触れてみる。そのままそっと軽く撫でるだけでその体はびくりと素直に反応を示した。やんわりと突起に触れると俊二は堪らずに噛み殺し損ねた声を飲み込むようなくぐもった息を漏らした。そんな吐息を耳にするだけで伸弘は自分の体まで火照り始めるのを感じる。今すぐにでも抱いてしまいたい衝動に駆られるのだがそれは許されない。俊二は前戯が好きだ。前戯はなるべく長い方がいいのだ。

「…っ、あ…やめ」

尖り始めた突起を口に含むと俊二は堪らないという風に身を震わせて小さく声を上げた。口にするのはいつも否定の言葉ばかり。本当は最初からこうして欲しかったくせに彼はいつも伸弘に追い上げられながら快楽を拒否するような言葉ばかりを選んで使う。甘く噛み付いて愛撫してやりながら足の間に置いた膝で股間を軽く刺激してやればそれはみるみる熱を持ち始めるというのに。この人は何をそんなに拒絶したいのだろう。

「や…っ」
「気持ちいいんでしょ」

伸弘はこんな時俊二が敢えて嫌悪する言葉を選んでしまう。何故か無性に腹立たしくなるのだ。




















あの夏祭りの日以来、俊二はあの絡みつくような視線で伸弘を見るようになった。最初は純粋に誘われているのだと思った。だからそのまま何の考えもなしに、初めの何度かはすんなり行為に及んだ。誘われているということは俊二が自分を欲してくれていると疑わなかったその時はただ単純に嬉しくて仕方がなかった。片想いだと思っていた。何事にも常に自信を持っていられた自分が、絶対に手に入れられないと確信していたほどの想いだ。嬉しくないはずがなかった。

だが俊二はそれから伸弘に会う度にその合図を送ってくるようになった。伸弘が俊二の自宅へ顔を出せばすぐにその合図に促され、伸弘は否応なく行為に及んでしまう。そんな日がしばらく続いていた。酷い時には挨拶さえろくに交わさぬままベッドになだれ込んだ。そういえば最近俊二とまともに会話を交わした記憶がない。それほど俊二との行為に溺れてしまっている。異変に気付きながら拒絶できないでいる。そんな自分に酷く腹が立つのだ。

熱を持ち始めたそれをボトムの上からやんわりと愛撫していると、俊二の華奢な腰が焦れったそうに揺れ始めた。すでにボトムの上からでも明らかに質量を増しているそれは窮屈そうに自身を主張し始める。

「先輩、早いっすよ」
「…うるせぇっ」

まだ悪態を吐く余裕はあったのか、と伸弘はどこか冷静な瞳でぼんやりと俊二を見つめた。その視線に違和感を感じて俊二が怪訝そうに小さく首をかしげる。

「…なんや」
「いえ」
「言いたいことあるんやったら言えや」

俊二は乱れた呼吸を押し殺すように苛立った声色でそう言った。

「…試合が」
「は?」
「もうすぐ試合があるんです」
「試合?」

これまでの空気にそぐわない突拍子もない伸弘の一言に、俊二は思わず気の抜けた声を出す。

「いきなり何の話やねん」
「だから、もうすぐ新田東の試合があるんですよ」
「だからそれがどうした。する気ないんやったらさっさと退け」
「先輩に、見に来て貰いたくて」

そこまで言ったところで、俊二の顔が凍りつくのが分かった。予想していた反応だ。俊二は野球とか試合とかいう言葉を耳にすることでさえ嫌悪していた。ましてや人の試合を見に行く気など更々ないはずだ。これまでにも何度か口にしそうになったことはある。けれどその回答は明解で、伸弘は敢えて口にすることを避けてきたのだ。勿論身体的な成長は目にすればすぐ分かることだったが、伸弘が今どのポジションにいて、どの試合でどういう活躍をしてきたのかというのはまったく話題にしていないことだった。話題に困ることさえ、最近ではなくなっていたのだけれど。

伸弘はちらりと先程眺めていた野球雑誌に目をやった。

「港北も…また試合ですよね」

先程までの扇情的な頬の火照りが消え失せ、みるみる青ざめていく俊二の顔が目の前で硬直した。やっぱりな、と伸弘は予想通りの俊二のその反応に胸が締め付けられるような感覚に見舞われて思わず泣き出しそうになった。まだ少し期待していたのかもしれない。期待なんて、初めからできるような関係ではなかったはずなのに。

門脇秀吾が率いる港北高校は順調に甲子園を勝ち進んでいた。テレビや雑誌のメディアは大きく秀吾の活躍を取り上げ、名門高校の推薦を蹴った時の辛辣な批判はすっかりその事実を忘れてしまったかのように消え去っていた。それもそのはずだ。秀吾は無名の高校を見事甲子園まで導いたのだから。

そして今、俊二はそんな秀吾に酷く焦がれている。何も今に始まったことではない。伸弘が出会うずっとずっと前から、俊二は秀吾の事が好きだったのだ。初めて一緒に草野球をしたあの日、すぐに分かった。秀吾を見る俊二の目が秘められた恋心をはっきりと映し出していた。それはその時すでに俊二に対して意識を持ち始めていた伸弘にしか気付かないほんの僅かなものだったけれど、確かに感じた。恐らく俊二のその想いに、今も尚秀吾は気付いてはいないだろう。気付かれていないからこそ、俊二はその想いを胸に閉じ込めようとするのだ。

「…関係ないやろ」

俊二は露骨に表情を歪めると、今まで聞いたことのないような低音でそう言った。

「だから秀吾は関係ないやろ」
「どこが関係ないんじゃ。いつまでも未練たらたらのくせに」
「ふざけんなよクリノスケ…。本気で殴るぞ」
「ほらっ、そうやってムキになるところが未練たらたらじゃって言うとるんです」
「この…っ」

「おれたち、全国決まったんですよ」

殴りかかろうと拳を振り上げたその手がびくりと震えて止まる。俊二と目が合う。どこか怯えた風に瞳を揺らしていた。

「明日発つんです」
「……」
「試合は明後日。先輩、知ってました?次の港北の試合も明後日」
「…何が言いたいんやお前」

今度はキッと鋭く目尻を上げてこちらを睨みつけてきた。これが今の俊二の精一杯の虚勢なのだろう。伸弘は振り上げられた腕を優しく掴んで降ろすと、俊二のきつく歪められた唇にそっと触れるだけの口付けを落とした。反射的に顔を背けられる。俊二は触れるような焦れったいキスを好まない。いつも彼は深く深くを貪るように激しく唇をせがむのだ。それは多分、そうすることで彼の頭の芯を蕩かすことができるから。頭の芯まで浸透している彼の事を一瞬でも忘れる事ができるから。

「先輩に見に来て欲しいんです、おれの試合」

思わず声が上擦ってしまっていた。その一言が、どんな愛の告白よりも難しい。特に相手が何より野球から遠ざかりたがっている俊二とあっては尚更の事だった。今度こそ本気で殴られるかな。覚悟はしていた。それでも、どうしても伝えたかった。残酷だと思われてもいい、伸弘はもう一度俊二に野球と向き合って欲しかった。その野球は自分が作り出すものであって欲しかった。

「瑞垣先輩」

念を押すようにその名を呼んでも、俊二はただ頑なに沈黙を決め込んでいるだけだった。



















「…どうしたんだ、吉貞の奴」

投球時の癖の延長で、原田巧はグラウンドの土を足で軽くならしながらちらりとベンチの方を見やった。その視線に導かれるかのように永倉豪も何気なくそちらへ目を向ける。他人の事にはまったくと言っていいほど干渉しない性質の巧が疑問に思うほどだ。相当なものだろう。確かに常日頃から、特に試合前とあっては無駄にテンションが高くて口うるさい伸弘が口を真一文字に閉じベンチの向こうに鎮座しているのだ。いくら巧とは言えその異変に気付けないはずがなかった。巧にしてみれば今日は静かでいいよな、程度にしか思わない些細な事であるかもしれないが、昔から伸弘をよく知る豪としては伸弘が何かしら深刻な問題を抱えているのではないかと気が気ではなかった。それぐらい、伸弘の異変は歴然たるものだった。
真剣に心配する豪の後ろで東谷が「好きな子でも応援に来るとかでアガっとるんじゃろ」と冗談半分に囃し立てていた。

ベンチの脇に置いてあったペットボトルを手に取り、入っていた水を一気に飲み干す。冷たい感触が喉を伝って全身に行き渡るのが気持ち良かった。今日は全国を賭けた大事な初戦。ここで絶対に負けるわけにはいかない。多少緊張はしていた。しかし元々伸弘は試合においては本番に強いタイプだ。全国大会初戦だとは言えプレッシャーに負けてエラーをするようなヘマは絶対にしない。

今日に限って緊張しているその理由とはもっと別の、俊二の事にあった。

「来てくれるじゃろうか瑞垣先輩…」

あの日、結局伸弘は俊二に返事を貰えなかった。これはあくまで伸弘の推測に過ぎないが、俊二はあの夏祭りの夜に秀吾と会っていたはずだ。そしてこれは更なる憶測だが、秀吾は自分の試合を見に来るように俊二に誘いをかけたのではないか、と思う。もしそれが事実なら全ての辻褄が合う。あの夏祭りを境にして俊二が頻繁に伸弘に誘いをかけてきた理由。考えたくもなかったけれど、自分はきっと俊二が秀吾へ寄せる想いの枷だったのだろうと伸弘は確信していた。

ならばその枷が俊二の元を離れた今、俊二は一体どうするだろう。秀吾の元へ飛んで行くのだろうか。俊二の想いに気付いてから今までずっと覚悟はしていた事だったが、いざその場面を思い描くと胸がじくじくと引き裂かれるように痛む。しかし伸弘は決意していた。ここでけじめをつけなければならない。

もしも、俊二が今日ここへ姿を現さなければ、全て諦めるつもりだった。

そのつもりだったのに。

クリノスケ

幻聴がした気がした。グラウンドへ出た直後、たった一人にしか呼ばれることのないその名で呼ばれた気がして振り返る。そこは歓声の嵐。試合開始を目前にして多くの観客が球場を取り巻いている。さすが全国大会だけあってその数は相当なものだった。あまりの迫力に一瞬眩暈を覚えてふらつく。

「吉、何しとるんじゃ。早よう行くぞ」

呆然とその場に佇んでいると肩を掴まれて豪に促される。伸弘は必死に視線を泳がせていた。幻聴ではないことを確かめたかった。どうしても試合が始まる前に一目、姿を確認したかった。

「先輩…」

逆光ではっきりとは分からなかった。それでもそれは伸弘を確信させるのには充分過ぎた。真夏の日差しを背に受けて、俊二が小さく笑った気配がした。




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